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読書日記その184 「日露戦争史 2」



    「日露戦争史 2」 半藤一利 著

2は主に旅順203高地攻略について書かれてます。

203高地攻略においての乃木軍司令官、伊地知参謀長、児玉総参謀長の行動や人物像、人間性を「坂の上の雲」の司馬遼太郎視点とは別の視点から知りたいと思いこのシリーズを読んでます。



「坂の上の雲」では乃木、伊地知を無能と書かれてますが本当に無能だったのか?

児玉の旅順入りによって戦況がガラリと変わるのですが本当にそんな劇的だったのか?

であれば児玉は日露戦争における英雄であるはずなのにどうして乃木の方が英雄視されたのか?



などなど色々疑問点やもっと知りたいことがありました。

本書ではなぜ伊地知は旅順要塞攻略の戦法で歩兵の強襲にこだわったかというと、日本陸軍の師はドイツ陸軍。

そのドイツ陸軍の要塞攻略戦法が当時の兵学として歩兵の奇襲あるいは強襲を本則としていたようです。

なので当時の日本陸軍そのものがドイツの近代兵学を学んだゆえに強襲戦法を採用したようです。

ですから強襲をしたから無能というわけではありません。

しかし伊地知はこの兵学にこだわり過ぎていました。

伊地知といわず日本人は太平洋戦争でも同じ過ちを犯すのですが、どうも一旦始めたものは後には引き下がれない、頑なにやり通そうとする傾向があるようです。




そんな伊地知を信頼する乃木。

西南戦争、日清戦争での乃木には威厳と人徳があったようです。

しかし日露戦争での乃木はすでに3年間も軍務から離れて田舎暮らしから引っ張り出されたものでした。

その間、軍事技術は飛躍的な進歩を遂げ、乃木はすでに時代遅れの将軍でありました。

しかし逆に考えると威厳と人徳があれば、チームはまとまるという事です。

時代遅れの将軍でも人徳があれば兵士は死を賭して任務をまっとうしようとするのです。

司馬も再三書いてますが乃木の不幸は本当の意味での有能な参謀に恵まれなかったということです。

そんな参謀たちに乃木は過分に気を使い過ぎていたようで、そういう意味では日露戦争時の乃木は真のリーダーではなかったということです。





そして児玉源太郎ですが「坂の上の雲」では旅順入りをドラマチックに描かれ戦況を打開する英雄となってますが様々な説があるようです。

旅順に入ったがしかし児玉も203高地攻略には否定的だったとか...

二十八センチりゅう弾砲を203高地攻略で使うことを決めたのは児玉ではないとか...

味方撃ち覚悟の攻撃は児玉の命令ではないとか...

恐らくこの辺りがどうもはっきりしない為、児玉は歴史に名を残せてないのではと勝手に思ってます...

「坂の上の雲」のような活躍が本当であれば、それは東郷平八郎と同等くらいの栄誉ではないかと思います。

しかしそうでなければ、ただ単に旅順に加勢に行っただけということです。

ただ史実はどうあれ「坂の上の雲」の児玉源太郎の行動はこれこそ真のリーダーの姿ではないかと思います。






乃木が英雄視されるのは、こんな姿があったからとも言えます。

旅順墜落後の調印会見で敵将のステッセルとの写真を乃木は

「敵将に失礼だ。後々まで恥を残すような写真は武士道が許さぬ」

と拒みました。

しかしステッセルに帯刀させて友人として撮るのであればと言って許可しました。

敗軍の将を手厚く扱う乃木の姿に世界の人々が感銘を受けたそうです。

「人を敵とするのは非也」

乃木の人間性が表れた言葉です。









歴史は人や立場よって認識が変わります。

これはあくまでこの本を読んでのボク個人的な認識ですので、変なご意見、メールは許してくださいネ....


あと、
目がチカチカした方、
全く興味のない方、
スミマセン...どうぞ飛ばしてください...


歴史って実におもしろい!
.....ははは



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